東京地方裁判所 平成4年(ワ)22959号 判決 1995年11月30日
原告
原口幸子
被告
佐藤克全
ほか二名
主文
一 被告佐藤克全及び被告ニツポンレンタカーサービス株式会社は、原告に対し、各自金二七〇四万八〇〇五円及び内金二四五九万八〇〇五円に対する平成五年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告富士火災海上保険株式会社は、原告の被告ニツポンレンタカーサービス株式会社に対する判決が確定したときは、原告に対し、金二七〇四万八〇〇五円及び内金二四五九万八〇〇五円に対する平成五年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
一 被告佐藤克全及び被告ニツポンレンタカーサービス株式会社は、原告に対し、各自金五〇九七万九二五四円及び内金四二四八万二七一二円に対する平成五年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告富士火災海上保険株式会社は、被告ニツポンレンタカーサービス株式会社に対する判決が確定したときは、原告に対し、金五〇九七万九二五四円及び内金四二四八万二七一二円に対する平成五年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、信号機により交通整理の行われていない交差点を直進しようとした足踏式自転車と、その右方から一方通行路を逆行して同交差点に入りこれを直進しようとした普通乗用自動車が、出会頭に衝突し、足踏式自転車の運転者が傷害を負つたことから、右運転者が、普通乗用自動車の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、同車を所有するレンタカー会社に対しては自賠法三条に基づき、任意保険会社に対しては約款に基づいて、右傷害による人的損害の賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 本件交通事故の発生(乙七)
事故の日時 平成二年六月二六日午前八時五〇分ころ
事故の場所 東京都三鷹市上連雀七丁目二二番一七号所在の、信号機により交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)の中央付近。
被害車両 原告が運転する足踏式自転車(以下「原告車」という。)
加害車両 被告佐藤克全(以下「被告佐藤」という。)が運転する普通乗用自動車(練馬五六わ二八七二、以下「被告車」という。)
事故の態様 本件交差点中央付近を、東から西へ通過しようとしていた原告車に、同交差点を北から南に時速約二五キロメートルで進行していた被告車が出会い頭に衝突し、原告は被告車のボンネツトに乗り上げ、頭部打撲、腰痛症、頸椎捻挫、右肩関節、右下腿打撲等の傷害を被つた。
2 責任原因
(一) 被告佐藤の責任
本件交差点を北方向から南方向へと進入することは禁止されていたのであるから、被告佐藤は原告車を発見してその進路を妨害しない注意義務があるのにこれを怠り、漫然そのまま運転を継続した過失があるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償する責任がある。
(二) 被告ニツポンレンタカーサービス株式会社(以下「被告ニツポンレンタカー」という。)の責任
被告ニツポンレンタカーは、被告車を所有し、その運行の用に供していたのであるから、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。
(三) 被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)の責任
被告富士火災は、被告ニツポンレンタカーとの間において、対人責任保険契約を含む自動車損害賠償責任保険契約を締結しているのであるから、右契約に基づいて、本件事故により原告が被つた損害を賠償する責任がある。
二 争点
本件の争点は、<1>原告の頸椎ヘルニアと本件事故との因果関係、<2>原告の後遺障害の程度、<3>損害額、<4>原告と被告佐藤の過失割合であり、当事者双方の主張は以下のとおりである。
1 原告の頸椎ヘルニアと本件事故との因果関係
(一) 原告の主張
原告は、本件事故後、頭痛、頭重感、項部痛、耳鳴り、眩暈感、顔面しびれ、不眠、両手指の脱力と巧緻動作不全、両上肢のしびれ感と感覚低下、肩こり、腰が重だるい、両下肢のしびれ、下腿がつれるなどの諸症状により、常時気分が不快で、歩行しにくく、日常生活に多大な支障がある状態が続いている。
原告の右諸症状は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を受け、その後に頸椎椎間板ヘルニアが起こつたために、生じたものである。すなわち、原告のこれらの諸症状は、当初は本件事故による第五頸椎と第六頸椎の間及び第六頸椎と第七頸椎の間の各椎間板の変性と不安定性によるものであつたが、右変性等が看過されていたために、心因的なものとして軽視ないし無視されていた。しかし、平成四年六月三日には、椎間板の不安定さが生じていることが確認され、同年七月一六日のMRI検査により、右各椎間板変性が認められた結果、右諸症状の真の原因が判明したことから、その改善を目的とする手術が可能になり、前記の自覚症状が頸椎捻挫後の椎間板ヘルニアによる諸症状と一致するものと認められ、平成五年四月五日、右各頸椎椎間板を切除摘出する手術が施行されたのである。以上からすれば、原告の頸椎ヘルニア及び右諸症状と本件事故との間には因果関係がある。
(二) 被告らの主張
(1) 原告の本件事故による後遺障害は、頭部外傷に伴うふらつき、頭痛、輻湊障害等の神経症状である。原告には頸椎ヘルニアを含め、外傷によると思われる器質的疾患を伴う後遺障害が残つているとは解されず、残存しているのは外傷を契機として発症した心身症であり、その理由は以下のとおりである。
<1> 原告は、頸椎の広範囲固定術をヘルニアの診断のもとに受けたにもかかわらず、ヘルニアの所見が手術中得られなかつた。
<2> 原告の事故後初期の症状は、整形外科では頸部痛も認められておらず、受傷部位の疼痛のみで、頸椎ヘルニアに結びつく他覚的所見が認められていない。
<3> 整形外科を始め、脳外科など原告の診療にたずさわつた各医師が、心身症等精神的要素の関与を認め、心療内科での治療を指示している。
(2) 原告に頸椎ヘルニアが発症したとしても、本件事故との間には因果関係がない。その理由は以下のとおりである。
<1> 外傷は疾病と異なり、受傷時が一番重傷であり、それから後は、回復の過程が早いか遅いかの別はあつても回復に向かうのが原則であるところ、原告の症状は、時間の経過とともに改善しないばかりか、逆に新たに頸椎ヘルニアの障害が発生していることから、本件事故により原告に頸椎ヘルニアが発症したとすることは、医学的に矛盾している。
<2> 原告の治療経過は、頸椎椎間板ヘルニアを証明しうるものではない。すなわち、原告は、事故後一週間で、腰部の疼痛を強く訴えているなど、原告の現在の頸椎ヘルニアの症状と、受傷初期のものとは結びつかないうえ、受傷初期の治療は湿布が主体の治療であり、鍵反射の異常や筋萎縮の発生など、頸椎ヘルニアの脊髄の障害を裏付ける他覚的、神経学的異常所見は認められず、受傷後一カ月間の治療は、主に頸椎に対する牽引と、消炎・鎮痛剤の投薬が漫然と行われているにすぎない。したがつて、事故後二年間症状が継続していたといつても、主訴がいろいろあるので治療が行われていたにすぎない。
<3> 椎間板ヘルニアの症状発生のメカニズムは、加齢性を基盤とするものであるから、本件事故がきつかけとなつて症状が発生したとするならば、事故後速やかにヘルニア症状が発生すべきであるところ、原告の椎間板ヘルニアが診断されたのは事故の二年後である。
<4> 椎間板ヘルニアは、加齢性による椎間板の変性が存した場合には、例えば寝違えるなど、日常動作でも発症する可能性があるところ、平成三年一月二四日のカルテによれば、原告は「昨日頸をひねつた」旨の申告をしているのであつて、本件事故以外のヘルニアの誘発要因も考えられる。
<5> 本件事故によつてヘルニアが発症したとすれば、物理的に相当に強烈な衝撃が加わつている必要があり、とすれば、ヘルニアを起こして突出した椎間板に圧迫された脊髄・神経根等の異常所見が明確に見られるはずであるが、原告の受傷初期のX・P検査、神経学的検査には何ら異常所見はない。したがつて、原告の頸椎ヘルニアには本件事故以外の誘発要因が考えられる。
2 原告の後遺障害の程度
(一) 原告の主張
前記1(一)記載の原告の後遺障害による労働能力喪失率は五〇パーセントである。
(二) 被告らの主張
前記1(二)のとおり、原告の後遺障害は外傷を契機として発症した心身症であるから、原告には後遺障害別等級表一四級一〇号を超える後遺障害は存しない。また、仮に、原告に頸椎ヘルニアが発症しており、それと本件事故との間に因果関係があるとしても、原告の後遺障害は右等級表一四級一〇号を基準として、その逸失利益及び慰謝料を算定すべきである。
3 損害額
(一) 原告の主張
(1) 治療費 三二万四六六〇円
(2) 器具代 六万八九五〇円
医師の指示によるものであり、眼鏡代六万一〇〇〇円、重垂バンド代三六五〇円、枕代三五〇〇円の合計である。
(3) 付添費
<1> 入院付添費 六一万二〇〇〇円
一日四五〇〇円、一三六日分。
<2> 通院付添費 八九万二〇〇〇円
一日二〇〇〇円、四四六日分。
(4) 入院雑費 二七万二〇〇〇円
一日二〇〇〇円、一三六日分。
(5) 通院交通費 四八万一六八〇円
タクシー代往復一〇八〇円、四四六日分。
(6) 休業損害及び後遺症逸失利益 二七五九万一〇八二円
本件事故後三年間は、労働能力喪失率を八〇パーセントとし、その後六七歳までの一九年間はこれを五〇パーセントとし、基礎収入は、四五歳女子の平均賃金三四〇万二四〇〇円とする。中間利息の控除につき、新ホフマン係数を用いる。
(7) 慰謝料 一二五六万五〇〇〇円
<1> 入通院慰謝料 三二一万五〇〇〇円
<2> 後遺障害慰謝料 九三五万円
(8) 弁護士費用 八四九万六五四二円
右の合計金額のうち五〇九七万九二五四円が主たる請求部分である。
(二) 被告らの主張
(1) 器具代 不知。
(2) 付添費 否認する。
(3) 入院雑費 否認する。
(4) 通院交通費 本件事故との因果関係を争う。
(5) 休業損害及び後遺症逸失利益
額、休業期間、労働能力喪失率及び同喪失期間を争う。休業期間は、平成三年一月一〇日まで、労働能力喪失率は五パーセント、同喪失期間は事故後二年間とするのが相当である。
(6) 慰謝料 後遺症慰謝料については、頭部外傷に伴うふらつき、頭痛、輻湊障害等の神経症状以外の分については否認ないし争う。入通院慰謝料については、額を争う。
(7) 弁護士費用 必要性を争う。
(8) 損害の填補 被告らは、平成二年六月二六日から同年一二月二八日までの治療費として五六万五一二〇円を、また、同年六月二六日から平成三年一月一〇日までの交通費として九万七〇七〇円を原告に支払つている。
4 過失割合
(一) 原告の主張
被告佐藤は、一方通行の道路を逆行してきたのであるから、佐藤車の本件交差点への進入を予見することは、原告にとつて著しく困難であり、少なくとも、自己が優先道路を走行している場合に交差する道路から他の車両が交差点に進入してくることを予見する以上に困難であつたといえる。
したがつて、原告の過失割合は、原告が優先道路を走行していた場合における過失割合の基本一割を上回るものではありえない。加えて、被告車は、本件交差点に進入するに際し、一時停止さえしなかつたのであるから、右一割さえも減算されることになり、結局原告の過失割合はゼロであるというべきである。
(二) 被告らの主張
原告は、本件交差点に進入するに当たり、一方通行で同交差点への四輸車の進入が予想できない、原告からみて左方の道路の車両の有無については十分注視したものの、同様に一方通行で同交差点への四輪車の進入が予想できない、原告からみて右方の道路の車両の有無については十分注視しないまま、特に減速することなく、左手に傘を持ち、いわゆる片手運転をしたまま、本件交差点に進入したのであるから、原告にも二割の過失が認められる。したがつて、原告と被告佐藤の間の過失割合は、原告二割、被告佐藤八割である。
第三争点に対する判断
一 頸椎ヘルニアと本件事故との因果関係
1 前記争いのない事実及び証拠(甲七ないし一二、乙一の2、七ないし一 一、一二の1、2、証人今井卓夫、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、平成二年六月二六日、本件事故により、頭部を被告車のフロントガラスが破損する程度まで強打した後に路上に転倒し、頭蓋骨縫合線が開した。これらの衝撃のため、原告は、頭部打撲、腰痛症、頸椎捻挫、右肩関節、右下腿打撲等の傷害を受け、同日から、武蔵野赤十字病院脳神経外科、整形外科、及び眼科に通院した。原告の、同病院脳外科における初診時の病名は、頭部外傷、外傷性頸部症候群であつた。
初診時には、原告の頸椎のX線写真に、外傷による明らかな骨傷は認められなかつたが、原告が本件事故により受傷した二日後である同年六月二八日に、同病院整形外科で撮影したX線写真によれば、第五頸椎と第六頸椎との間の椎間板が、年齢相応に多少狭く変形していた。原告は、当初から継続して、頭痛、頸部痛、項部痛、ふらつき、両手の筋力低下、耳鳴り、腰が重だるい、視力の低下、手足のしびれ、不眠、肩こり等の自覚症状を訴えてきたが、それらの症状は心因的なものとして扱われ、同病院脳神経外科医師富田博樹は、平成二年一二月二〇日に原告の症状が固定した旨の診断を、また、同病院整形外科医師黄田直信は、平成三年一月一〇日に症状が固定した旨の診断をした。本件事故以前には、本件事故後にみられたような原告の自覚症状は存在しなかつた。
(二) 原告は、その後も同病院に通院を続け、平成四年六月三日、同整形外科でX線写真の撮影を受けたが、それによると、第五頸椎と第六頸椎との間の椎間板の狭小化がさらに進行していること、骨棘が多少大きくなつていることが認められ、同年六月二六日に頸椎ヘルニアの診断を受けた。同年七月一六日に撮影したMRI写真によると、原告の第五頸椎と第六頸椎の間の椎間板はわずかに後方に突出して脊髄を圧迫しており、椎間板ヘルニアが発症していることが画像上明らかに認められた。同病院整形外科医師今井卓夫は、MRI検査で椎間板ヘルニアがあつたことを確定したため、同日をもつて症状固定日とした。本件事故以来、原告が首をカラー固定するなどしてあまり動かしていなかつたことからすると、その二年後である平成四年六月に認められた原告の第五頸椎と第六頸椎の間の狭小化の変化の程度は、自然の経過による進行の程度を超えたものであり、本件事故による椎間板の損傷を前提としなければ説明のつかないものであつた。原告は、同年九月一一日から同年一一月三日まで同病院に頸椎椎間板ヘルニアの精査治療目的で入院し、また、平成五年三月三一日から同病院に入院し、同年四月五日、第六頸椎椎体亜全摘、第五頸椎と第六頸椎の間の椎間板及び第六頸椎と第七頸椎の間の推間板の切除及び第五頸椎から第七頸椎までをチタン製のねじで固定する頸椎前方固定手術を受けたうえ、同年六月二〇日に退院した。右手術後の原告の症状は、同病院医師今井卓夫により、平成六年一二月二六日の時点で、おおむね固定したと診断された。
(三) 右手術前の原告の自覚症状は、頭痛、頭重感、項部痛、耳鳴り、めまい感、顔面しびれ、不眠、両手指の脱力と巧緻動作不全、両上肢のしびれと感覚低下、肩こり、腰が重だるい、両下肢のしびれ、下腿がつれる等であり、これらの症状は頸椎捻挫の後の椎間板ヘルニアの障害による諸症状と一致していた。原告は、これらの諸症状により常時気分が不快で、歩行しにくく、日常生活に多大な支障があり、労働できない旨を訴えていた。原告の他覚的症状としては、痛覚減退、指の動きの大幅な悪化、腱反射の亢進が認められた。右手術を受けた後には、原告の症状は、すべて改善したわけではないものの、全体的に改善した。すなわち、耳鳴り、めまい感、顔面しびれはあまり変化がないようであるが、睡眠の妨げにはならなくなり、頭痛、頭重感、項部痛はなおあるもののその頻度が少なくなり、手指の動作も改善し、握力も増加し、下肢の症状も軽減して、歩行障害が少なくなつた。
2 以上の事実に、後記三で認定する本件事故の態様を合わせ考慮すれば、原告の頸椎板は、本件事故当時から、加齢により年齢相応に狭小化していたものであるが、本件事故による外力が同部位に加わつたことにより、椎間板が損傷を受けたため、椎間板の狭小が通常の場合よりも急速に進行した結果、椎間板ヘルニアが発症したものであり、原告の椎間板ヘルニアと本件事故との間には相当因果関係があるものと認められる。
これに対し、被告らは、原告には、頭部外傷に伴うふらつき、頭痛、輻湊障害等の神経症状、外傷を契機とした心身症が残存するのみであり、頸椎ヘルニアを含め、外傷によると思われる器質的疾患を伴う後遺障害は残つていないと主張する。しかしながら、原告の頸椎には、椎間板ヘルニアが画像上明らかに認められたことからすれば、器質的疾患を伴う後遺障害が残存していることは明らかである。また、被告らは、原告の椎間板ヘルニアと本件事故との間の因果関係につき、事故後二年を経てはじめて推間板ヘルニアが発症したと診断されたことからして、本件事故により頸椎椎間板ヘルニアが発症したとすることは医学的に矛盾しているとして否定するが、証人今井卓夫の証言によると、本件事故時に損傷を受けた椎間板が二年間にその症状が少しずつ増悪し、ヘルニアの状態に至ることも医学上ありうることが認められ、また、前認定のとおり、平成四年六月に認められた原告の第五頸椎と第六頸椎の間の狭小化の程度は、自然の経過による進行の程度を超えたものであり、本件事故による椎間板の損傷を前提としなければ医学上説明のつかないものであつて、右主張は理由がない。さらに、被告らは、原告の椎間板ヘルニアが本件事故と因果関係を有しない理由として、原告が事故後一週間で腰部の疼痛を強く訴えたことなど、原告の受傷初期の症状の中には、頸椎ヘルニアの症状と結びつかないものがあることを指摘するが、椎間板ヘルニアが本件事故直後に発生したものでないことは前認定のとおりであり、受傷初期の諸症状が椎間板ヘルニアの症状と結びつかないことに不自然さはない。被告らは、原告のように加齢性による椎間板の変性が存した場合には、例えば寝違えるなど、日常動作でもヘルニアが発症する可能性もあるところ、平成三年一月二四日のカルテによれば、原告は「昨日頸をひねつた」旨の申告をしており、本件事故以外のヘルニアの誘発要因も考えられるとするが、証人今井卓夫の証言によると寝違いなどによつて椎間板ヘルニアが発症する可能性のあることは否定できないものの、前認定の本件事故時に原告の頭部ないし頸部に与えた衝撃の程度に比してみれば、頸をひねつたことよりも本件事故による衝撃の方がはるかに強力であり、これがヘルニアの誘発要因となつたものと考えるのが自然である。さらに、被告らは、本件事故によつてヘルニアが発症したとすれば、物理的に相当に強烈な衝撃が加わつている必要があり、とすれば、ヘルニアを起こして突出した椎間板に圧迫された脊髄・神経根等の異常所見が明確に見られるはずであるが、原告には受傷初期のX・P検査、神経学的検査には何ら異常所見はないから、原告の椎間板ヘルニアには本件事故以外の誘発要因が考えられるとする。しかし、原告の椎間板は、本件事故により直ちに押し出されたわけではなく、二年間かけて徐々に出てきたものであるから、被告らの右反論は前提を欠くものというべきである。
二 原告の後遺障害の程度
1 症状固定日
原告の後遺障害の程度を認定するに先立ち、まず原告の症状固定日について検討する。
原告の症状固定日については、前記一1(一)記載のとおり、武蔵野赤十字病院脳神経外科医師富田博樹が平成二年一二月二〇日、また、同病院整形外科医師黄田直信が平成三年一月一〇日とする旨の診断をしている。しかしながら、それらの診断は、右各医師が原告の症状を心因性のものと判断したことに基づくものであるところ(証人今井卓夫)、前記一1で認定したとおり、原告の各症状は本件事故による頸椎捻挫及び本件事故後これに基づいて進行していつた頸椎ヘルニアによるものであつたのであるから、原告の諸症状が心因性のものであることを前提として判断された右各日時は、いずれも症状固定日として認めることはできない。そして、証拠(証人今井卓夫、甲七、一三)によれば、同病院整形外科医師今井卓夫は、平成四年七月一六日をもつて症状固定日としたこと、その日時を症状固定としたのは、MRI検査の画像上頸椎ヘルニアが発症していることが確定したことによること、その後、頸椎ヘルニアに対する手術がされたこと、平成六年六月一日の時点では、事故前の労働能力を一〇〇とすると五〇程度には改善し、さらに半年程度でそれが七〇ないし八〇程度にまで回復すると見込まれたこと、同年一二月二六日付けの後遺障害診断書におおむね症状が固定した旨の記載があることが認められ、以上の事実を総合考慮すると、症状固定日は平成六年一二月二六日とするのが相当である。
2 後遺障害の程度
(一) 原告は、前記一1のとおり本件事故により椎間板ヘルニアを発症したが、甲一三によれば、その治療のための固定術によつて、原告には脊柱の変形及び運動制限が生じたこと、原告の頸椎部の運動障害の程度は、前屈〇度から二〇度、後屈〇度から二五度、右屈〇度から一〇度、左屈〇度から二〇度であることが認められる。以上からすれば、原告の右後遺障害は、脊柱固定術等により、運動可動域が正常可動範囲の二分の一程度に達しないもの、すなわち、後遺障害別等級表一一級七号にいう脊柱に奇形を残すものに該当すると認められる。
(二) また、原告には、前記一1のとおり、その神経系統に耳鳴り、めまい感、顔面しびれ等の機能障害が残存したが、原告本人尋問の結果等から、原告の労働能力低下については脊柱の変形及び運動制限がかなりの部分を占めていることが認められることなどを総合考慮すると、原告の神経系統の機能障害は後遺障害別等級表一四級一〇号に該当するにとどまるというべきである。
(三) そうすると、右脊柱の変形とこれに基づく四肢などの麻痺とは異系列の後遺障害であつて両者は併合することができること、また、原告は、症状固定日以降も、今後自分自身の体調に合わせて仕事を続けることができるような軽易な労務以外の労務への就労は困難であると認められるが(甲一三)、前記二1記載のとおり、平成六年六月一日の時点で、事故前の労働能力を一〇〇とすると五〇程度には改善し、さらに半年程度でそれが七〇ないし八〇程度にまで回復すると見込まれること等を総合考慮すれば、その症状固定時における労働能力喪失率は、二五パーセントであると認めるのが相当である。
三 損害額
1 治療関係費 三二万四六六〇円
甲一三及び弁論の全趣旨によると、原告の平成三年四月から同六年一二月までの治療費の合計は右金額を下回らないと認められる。
2 入院付添費 一三万五〇〇〇円
乙一二の1によれば、平成五年三月三一日から同年六月二〇日までの入院は、頸椎椎体亜全摘、前方固定手術を受けるためのものであり、術後三〇日間は付添いの必要性が認められるが、その余の期間については付添いの必要性を認めるに足りる証拠がない。右三〇日間につき、一日当たり、四五〇〇円の付添費を認める。
3 入院雑費 一七万六八〇〇円
甲八、乙一二の1によれば、原告の入院期間は一三六日間であるところ、入院雑費は一日当たり一三〇〇円とするのが相当であるから、右金額となる。
4 通院付添費 なし
現実に付添いがあつた事実及び付添いの必要性を認めるに足りる証拠がない。
5 通院交通費 四八万一六八〇円
甲一四、乙一二の1、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による治療のため、武蔵野赤十字病院に四四六日間にわたつてタクシーで通院し、右タクシー代として通院一回当たり少なくとも一〇八〇円を支出したことが認められる。
6 器具購入費 六万八九五〇円
甲四ないし六、乙一二の3によれば、原告は、本件事故による治療のために、重垂バンド、枕及び眼鏡を必要とし、右各器具の購入代金として六万八九五〇円を支払つたことが認められる。
7 休業損害 八九一万六五〇〇円
証拠(甲三、一二、証人今井卓夫、原告本人)によれば、原告は、本件事故当時、主婦として家事労働に従事していたほか、保育園の保母の補助者として三鷹市に勤務し、また夫の経営する理髪店において掃除等の仕事を手伝つていたところ、本件事故により、その労働能力が減少し、家事労働等に支障をきたしたことが認められる。その休業期間は、本件事故日である平成二年六月二六日から、前記二1の症状固定日の前日である平成六年一二月二五日までを認める。そして、その労働能力の減少の程度は、前記二1のとおり、頸椎ヘルニアに対する手術がされた結果、平成六年六月一日の時点では、事故前の労働能力を一〇〇とすると五〇程度には改善し、さらに半年程度でそれが七〇ないし八〇程度にまで漸次回復すると見込まれたこと及び原告本人尋問の結果を総合考慮して、入院期間一三六日間については一〇〇パーセント、その余の期間については、平成五年四月五日に実施した前方除圧固定手術前については平均して七〇パーセント、右手術後については平均して五〇パーセントであるとするのが相当である。基礎収入は、各年度の賃金センサスの女子労働者学歴計全年齢平均の数額をもつて相当と認める。
(一) 平成二年度
280万0300円÷365日×189日×0.7=101万5012円
(二) 平成三年度
296万0300円×0.7=207万2210円
(三) 平成四年度
309万0300円+366日×(54日×1十312日×0.7)=230万8310円
(四) 平成五年度
315万5300円÷365日×(89日×0.7+82日×1+194日×0.5)=208万5955円
(五) 平成六年度
315万5300÷365日×359日×0.5=155万1716円
8 後遺障害による逸失利益 九二二万〇九六九円
原告は、昭和二〇年四月二七日生まれの女子であり、右7記載のとおり家事労働等に従事していたものであるが、本件事故に遭わなければ、症状固定時から六七歳に達するまで、平成五年度の賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・全年齢平均の年収額を得ることができたと推認される。右症状固定時、原告は四九歳であり、その労働能力喪失率は前記二2記載のとおり二五パーセントである。
以上により、基礎収入を平成五年度賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・全年齢平均の三一五万五三〇〇円とし、ライプニツツ方式により中間利息を控除して六七歳にいたるまでの一八年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、右金額となる。
315万5300円×0.25×11.6895=992万0969円
9 慰謝料
(一) 傷害慰謝料 三二〇万円
原告の入院日数は一三六日、通院実日数は四四六日であるところ、事故時から入院期間を除いた期間が約四八カ月であること、同人の受傷の程度、治療経過等を総合考慮すると、同人の傷害慰謝料としては三二〇万円を認めるのが相当である。
(二) 後遺症慰謝料 三五〇万円
原告の前記二2記載の後遺障害の程度、原告の後遺障害の改善の状況等を考慮して、同人の右後遺障害に対する慰謝料としては三五〇万円を認めるのが相当である。
10 小計
1ないし9の損害額の合計は、二六〇二万四五五九円となる。
四 過失割合
1 前記争いのない事実等及び証拠(乙四ないし一〇、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。
本件交差点は、幅員各三・八メートルの道路が交差する、信号機により交通整理の行われていない交差点である。原告が走行してきた東西に走る道路は、双方通行であるが、被告佐藤が走行してきた南北に走る道路は、本件交差点より北側(原告の進行方向の右)は北方向への一方通行であり、本件交差点より南側は南方向への一方通行である。被告佐藤が走行してきた南北に走る道路の最高速度は、時速三〇キロメートルに規制されている。本件事故現場の道路は市街地にあり、裏通りであるため交通は閑散で、その路面は舗装されかつ平坦で、本件事故当時は小雨のため湿潤の状態にあつた。被告佐藤の走行してきた道路は、前方後方ともその見通しは良好であつたが、交差点の左方である交差道路の東側、すなわち原告の進行してきた方向は、高さ一・五メートルのブロツク塀のためその見通しが悪かつた。
被告佐藤は、助手席に友達を乗せて被告車を運転し、自己の通学する中央大学へ向かうため、連雀通りを三鷹通り方面から小金井方面に向けて走行していたが、連雀通りの交通が渋滞していたため、これを避けるために路地へ入り、何度か右左折をしたうえ、初めて走行する、本件交差点へ通ずる南北に走る道路へと進入した。被告佐藤は、時速約三五キロメートルで南方向へ走行していたが、自己の走行する道路が北方向への一方通行路であり、自らがこれを逆行していることは知らなかつた。被告佐藤は、右道路を約二〇〇メートル走行して本件交差点にさしかかり、右交差点手前約二一・〇五メートルの地点である別紙現場見取図(以下「本件現場見取図」という。)記載<1>の地点で時速二五キロメートルに減速したうえ、その速度を維持したまま同交差点に進入してこれを直進しようとしたが、本件現場見取図記載<2>の地点で初めて、同地点から六メートルの距離にある同図記載<ア>の地点にいる原告車を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、被告車の前部を原告車に衝突させた。原告は、本件現場見取図記載<ウ>の地点に原告車と共に転倒し、被告車は同図記載<4>の地点に停止した。
原告は、その所有する原告車に乗り、パート先である公立野崎保育園に向かう途中であり、左手に傘を持つた状態で、右手で原告車を運転して、本件交差点へ通ずる東西に走る道路を東方向から西方向へ走行していた。原告は、本件交差点にさしかかつたが、交差道路が一方通行であることを知つており、交差道路の本件交差点から北側は、北側への一方通行であつて、同方向から車両が来ることはかつて経験したことがなかつたので、南方向からの車両の有無は良く確認したものの、北方向からの車両の有無についてはチラツと見ただけで十分に確認することなく本件交差点に進入してこれを直進しようとしたところ、同交差点に進入した直後に北方向から交差点内に入つてきた被告車を認め、とつさにブレーキをかけたものの間に合わず、被告車と衝突した。原告の体は被告車のフロントガラスにぶつかつた後地上に落ち、原告車は前輪等が曲損したうえ、修理が不可能なほどに大破した。
2 前記争いのない事実等及び右認定事実によれば、被告佐藤は、幅員の狭い一方通行路を逆行したうえ、見通しの悪い交差点に進入するに際しても、徐行することなく、また交差道路からの車両の有無を十分に確認することなく、本件交差点に進入したというのであり、他方原告は、交差道路が交差点より北側は北方向への一方通行であることを知つていたため、北方向からの車両がないものと考えて、その安全を確認することなく本件交差点に進入したというのである。
そうすると、被告佐藤は、一方通行路を逆行した過失があつたほか、交差する道路の各幅員が三・八メートルと狭く、見通しの悪い交差点に進入するに際しては、徐行して、交差道路を進行してくる車両等の有無を確認し、十分に減速徐行して安全に進行しなければならない注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と時速二五キロメートルで進行した過失があつたものというべきであり、被告佐藤の右過失が本件事故の主たる原因であるというべきである。
他方、本件交差点より北側は北方向への一方通行路であつたとしても、北方向から自転車等が本件交差点へ進入することは、なお、あり得るのであるから、原告が北方向の安全を十分に確認しないまま本件交差点に進入したことは過失に当たると言わざるをえない。しかし、被告佐藤がした一方通行の逆行は、運転者として初歩的な交通法規違反であり、危険な行為であつて、一方通行路であることを知つていた原告が、逆行してくる車両がないものと考えるのもやむを得ない面がある。
以上を総合すると、被告佐藤の右過失に比して、原告が北方向の安全を確認しなかつたことは軽微な過失であり、両者の過失割合は、原告を五パーセント、被告佐藤を九五パーセントとするのが相当である。
五 過失相殺及び填補
前認定のとおり、原告主張にかかる損害分の合計は二六〇二万四五五九円であるところ、乙二の1ないし7によれば、被告らは原告に対し、平成二年六月二六日から平成三年一月一〇日までの治療費五六万五一二〇円及び交通費九万七〇七〇円の合計六六万二一九〇円を支払つていることが認められることから、当事者双方の主張に表れ、かつ、認定し得る原告の損害の合計額は、前記三の10の金額に右治療費を加えた二六五八万九六七九円となる。そして、前認定のとおり、原告の過失は五パーセントであつて、過失相殺後の金額は二五二六万〇一九五円となり、これから右六六万二一九〇円の填補額を控除すると、その損害額は二四五九万八〇〇五円となる。
六 弁護士費用
本件の事案の内容、審理経緯及び右認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、二四五万円を認めるのが相当である。
七 以上によれば、原告の被告佐藤及び被告ニツポンレンタカーに対する請求は、同被告ら各自に二七〇四万八〇〇五円及び内金二四五九万八〇〇五円に対する本件事故日以降の日である平成五年二月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告富士火災に対する請求は、被告ニツポンレンタカーに対するこの判決が確定したときに、右同額の支払いを求める限度において理由があるから、これらを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 南敏文 竹内純一 波多江久美子)
現場見取図